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ボタン 障害者支援に関する    座談会


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[座談会]障害者支援から始まる大学改革

 
  1.ここまできた障害者支援--それぞれの5年間を振り返って
2.個人史を含めて障害者支援との関わりについて
3.教師として伝える力
4.支援はほんとうに進んだのか--問われる教育のあり方
5.障害学生支援成果のとらえ方--社会を変える力を育てられるか
6 コーディネーターの必要性
7.重要なコミュニケーション能力
8.体験を通して支援のあり方を考える
9.支援の専門家活用の問題



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1.ここまできた障害学生支援――それぞれの5年間を振り返って

(支援システム作りとアトリエの意味――広島大学の場合)

広瀬:「障害学生支援から始まる大学改革」。過去5年間を振り返って、それぞれのお立場からお話をうかがいたいと思います。

佐野
:広島大学で障害学生支援が本格的にたちあがったのは平成12年、私は、その時から関わっているので、もう、7、8年が経ちます。当初は何も分からない状態でしたが、全盲の人と重度難聴の人が入学してきて、その対応に追われてというところでした。その時点で、こういうものを作りたい、こういうふうになりたいという達成目標は自分の中にありました。それは何かと振り返ってみますと、一つはシステムを作りたい。システムとはどういうことかと申しますと、特定の人に依存しないで誰がやっても動く、いつでも動く、そして持続可能なものをビジョンとして考えました。
特定の人たちが卒業していなくなってもシステムは続くように、全学的な規模でという視点を絶えず考えました。というのは、大学の中でどこかの学部に入ったら手厚く支援してもらえるけれど、別のところでは駄目だとか、あの人がいるからやってもらえるとか、そういうのは公平性という観点からみておかいしいと思って、システム作りを目指しました。
もう一つは大学のポテンシャルをフルに活かしたかったということです。どういうことかといいますと、二人の重度の人が入学して、たちまち直面したのが授業支援と情報保障をしていくことでした。スペシャルニーズが起こったとき、よく専門家に頼ろうとする、あるいは世の中にエキスパートがいてその人たちの力を借りようとします。私はそれ自体の価値を否定するものではないですけど、大学というコミュニティの中にもっと潜在的な能力があるだろう、それをフルに活用したいと考えました。
点訳をしていて、点訳そのものの技術は点字タイプライターを打つという特殊な能力は必要ですけど、それだけでいいのだろうか。大学ではウィンベス(Win-BES)というソフトを使って点字を知らなくてもが点訳ができるというところから始めました。しかし点訳の技術そのものよりも、その障害学生は文学部の学生でしたので、古典を読むときに、古文書をちゃんと読めるといった能力が大事であることに気づきました。それは点訳する作業の能力より、文学なら文学の知識、あるいは数式を点字化するのだったら数学の知識とか、そういうことのほうが大事だろうと思いました。しかし、そのような専門的知識を持った人は、それこそ探せば大学の中にいっぱいいるでしょう。
ボランティア活動室を作りたかったのは、アトリエのような人が集まれる場所で、障害のある学生がここの古文書の読み方がわからなかった場合、それは文学部3年の誰々さんに聞けばわかるよといった情報や、この数式は困った、ああそれなら理学部の彼を呼んで聞こうとか、みんなでワイワイガヤガヤしながら支援を行っていくようなイメージをもっていました。支援する側と支援される側とはっきり別れるのではなく、みんなで助けあうような場所が、大学のシステムつくりの中で、欲しかったのです。
あともう一つは、このような支援の仕方自体が、大学の活性化につながるということです。それは障害者に対して、ここに可哀想な人たちがいるからみんなで何とかしましょうという姿勢は絶対にとりたくなかった。そうではなくてみんな誰しも弱点をもっているので、それをポジティブなものにしていくことによって、大学そのものが活性化していくという3点を目指しました。これらの観点から振り返ってみると、ここ7、8年で、システムはできて、目指していたアトリエのような活動室もできました。今は障害学生支援からさらに大学教育プログラムへと発展させています。
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(夢にまでみた公的保障――スタートラインに立った障害学生支援)

広瀬:筑波技術大学の白澤先生はいかかですか。
白澤:私の場合は、聴覚障害学生支援に関わるようになって今年でもう15年くらいになります。最初の出会いは筑波大学に入学したときだったので、まずは学生として聴覚障害学生支援に出会い、取り組むようになったことになります。そのころ筑波大学では、私と同じ専門分野に2〜3人の聴覚障害学生がいて、手話サークルの先輩達が手話通訳をしていました。私も程なくして支援に加わるようになりましたが、大学からは謝金が支払われるだけの状況だったので、これをいかにして大学の手による支援にしていくかというのが大きな課題でした。
当時、全国の聞こえない学生の間では「公的保障を求めて」という言葉がスローガンのように語られていました。今から思うと、その公的保障の具体的なイメージも持てない状況で、闇雲に声を上げていたような状態だったのかもしれませんが。だから、何をどう変えればそこにたどりつくのかもわからないまま、わからない者同士がひたすら水の中でもがいているといった感じでした。
それでも筑波大学は昔から学生の組織がしっかりしていましたし、大学もチューター費という形で予算を出していたので、当時としては進んだ大学だと言われていました。他大学の学生の中にはノートテイカーを集めようとビラを作成し、事務に掲示の依頼を出しても断られてしまうとか、ひどい場合には入学後何も支援を要求しませんという誓約書に判を押すことを求められたこともあったようです。
それが10数年たった今こうして多くの大学に障害学生支援室ができ、障害学生支援を専門に担当する人員が雇われ始めているのですから、本当に隔世の感があります。私もここにきてやっと、これまで聞こえない学生達が夢にまでみてきた公的保障が本当に実現されつつあるのだと実感できるようになりました。日本学生支援機構の調査では、全学的な障害学生支援に関する委員会を設けている大学が88校、障害学生支援コーディネータを配置している大学は40校あると言うことですし、今後この数はますます増えていくことと思います。
ただ、一方で現在行われているようなノートテイク支援がすべての大学で実現したら、それで聞こえない学生は本当に対等になれるかというと、決してそうではないという思いも強くなりました。もちろんこれまで聞こえない学生の中では、これが最終的な目標だと信じ必死に努力してきたわけですが、いざ実際に大学が障害学生支援を始めるようになって、その実態を見てみるとたとえ先進校といわれる大学であっても、実際にはまだまだ不十分な点はたくさんあり、現在の状態で十分に課題が解決されているとは言えない状況にあるのではないかと思います。
たとえば、聴覚障害学生が希望するすべての授業でノートテイクが配置されるという大学であったとしても、やっぱり実際にはノートテイクの限界というものがあり、決して聞こえる学生と対等な情報を受け取れているわけではなかったり、聞こえない学生の対等な授業参加を保障するものにはなっていないのが現状だと思うんです。だから、ここに来て改めて、現在行われている支援の姿というのは、実はゴールではなく、最低限のスタートラインでしかなかったんだと気づかされた気がします。ここからまた時間をかけて聴覚障害学生の本当の意味での大学への参加を確実なものにしていかなければいけないと思います。

(理念があって実現――ICT活用教育)

広瀬:NIMEの私は佐野先生、白澤先生とは違うスタンスから障害者支援という問題に着目しました。今から約20年前に放送教育開発センター(NIMEの前身)に助手として入ったときに、放送大学の障害者の在籍率が、一般の大学の二倍でした。テレビ、ラジオを使っての遠隔教育は、元来、大学で学べなかった人々に教育のチャンスを与えることが出来る。私自身が英国のオックスフォード大学の大学院で学んだので英国の教育には高い関心を持っていました。早速、放送大学のモデルとなった英国オープンユニバーシティ(OU)に調査に行きました。
1972年に開校したオープンユニバーシティは今のように、インターネットこそ使っていませんでしたが、聞こえない方にはテキストを、眼の見えない方には朗読したテープを送るなど、教職員が手作業で支援していました。1972年の設立当初から障害者の優先的入学システムや、導入研修など、OUは本気で支援に取り組んでいるのです。
90年代に入って世界的にインターネットが普及し、ICTの潮流が大きなうねりとなって高等教育を変えはじめたのですが、OUは最初からしっかりとした理念と目的が明確だったので、ICT支援につなげていくことが出来たのです。それは障害者だけではなくて潜水艦の乗務員、刑務所で服役中の人、海外在住の人、多様な学生を本気で支援するという理念があったから実現できたのです。それでNIMEのミッションであるICTを活用して、様々な障害者への支援の情報発信が出来ないものかと試行錯誤してきました。そのひとつが、現在の字幕支援や障害者向けユニバーサルデザイン化された教材コンテンツアーカイブ等につながっています。
障害者支援は最初はマイナーな研究として扱われ、研究費も予算もなく、既存のプロジェクトにぶら下がる形で一人で右往左往していましたのが、全国の志のある教員が少しずつ協力して下さるようになりました。科研費も続けて取れるがようになりました。私はNIMEで米国の大学の支援に関するビデオ教材の制作や、SCS研修で障害者支援講座を立ち上げました。少ない研究予算を補うために研究事業を引き受ける事で、全国の専門家を集め、研修会を開き、それを教材コンテンツとして、手話や字幕をつけて配信することを考えました。放送大学で授業番組を作らせていただいたことも、広島大学の佐野先生や筑波大学の学生だった頃の白澤先生との出会いにもつながりました。
次にお二人の個人史を含めて、障害学生支援との関わりについて教えて下さい。

 


4.支援はほんとうに進んだのか――問われる教育のあり方

佐野:過去5年間の障害者支援や自分たちの関わりを話してきて、現時点では、大学の障害学生支援は、決して白紙の状態ではなくて、先進的な取り組みをする大学も増えてきたといえます。しかしまだまだ課題があるというところを続けて話してみたいと思います。
具体的な支援の内容については、課題ではあるけれども、ちょっと脇において、 忘れないうちに話しておこうと思ったことがあります。今、広瀬先生が障害学生は、「かわいそうな人」とか、「特別な対象」というのではなくて、彼らの学びの姿勢というか、学び方にもすごくヒントになるところがあるという話をされました。そこで私は思うのですが、障害学生支援を行う際、「彼らは、特別な人たちだから何かしましょう」という姿勢が見受けられる。つまり、健常者と障害者は違うということを前提としていると思うのです。この姿勢は、いい方向に展開した時は、支援をするモチベーションになるけれども、そこには、やはり、健常者と障害者の間にバリアがあって、その上で何とかしましょうと彼らを特別視している傾向があると思うのです。障害があろうがなかろうがもっと共通なことがある、誰も同じ人間だ、同じ学生だ、同じ大学のコミュニティに関わってるのだというような共通性のところが本当に分かり合えているのかどうかは疑問だと感じます。
広島大学の場合でいえばボランティア活動室の実習にきて、活動室という空間で障害のある学生も、ない学生も、直接的な交流体験がある。障害の有無なんてあまり感じず、共に学んでいる学生たち、仲間であるという意識が育まれています。仲間だから、好きな子もいるし、嫌いな子もいるしという、いわゆる、普通の状態になっている。その意味では、実習と言う形態は、すごく貢献している部分があると思うし、毎学期実習生を100人近く出しているから、一年間で200人くらいの学生が増えるということで、相互理解の層は厚くなっていると思います。
ただ私が文化人類学の授業の中で障害のことを扱ったり、大学執行部の人たちに、障害学生の話をすると、まだまだ「特別な人だから」という受け止め方をされます。執行部は、われわれは進んでいる大学だから障害者のことも、忘れないで支援していますよというメンタリティから抜けられない。いくら多様化、活性化、ユニバーサルデザインの重要性を強調しても、向こうは、「それはよくわかります、だってかわいそうな人たちだもの」という態度が見え隠れする。障害者とそうでない人、外国人と日本人というように、どうしても一回分けて、その上でというところからなかなか抜けないですね。それが怖いなと思うのは『音のない世界』、アメリカの教育ドキュメンタリー番組で、NHKの日本賞をとったビデオにふれたいと思います。白澤先生から説明をお願いします。

白澤
:NHKで放送されたアメリカのドキュメンタリー番組(「音のない世界で SOUND and FURY:人工内耳移植手術とろう社会」〜ドキュメント地球時間〜)のことですね。人工内耳について扱ったものなのですが、賛否両論の両サイドからの意見が包み隠さず伝えられていてとてもインパクトがあるものです。賛成する人たちは神様が手を差し伸べてくれたようなものだと語り、反対の人たちはろう者がこれまで作り上げてきた文化(ろう文化)や手話を言語とする人々のコミュニティを壊す凶器だと強固に拒んでいる様子がはっきりと描写されています。

佐野
:私もそのビデオを文化人類学の授業の中で使って、一つには、ろう者の文化というものが、中国の文化とか何々民族の文化とかと、基本的にどこが違うのかというところを考えさせることをしています。
二つの家族が出てきて、その夫同士は兄弟です。一方は親が二人とも聞こえて話せるので、子どもに人工内耳をつける手術を推し進める。もう一方の家族は両親とも聞こえなくて手話を使っていて、その子どもには人工内耳をつけることに反対している。ビデオの感想を書いてもらうと、100人近い学生がいるとすると、6、7割の学生が、「このビデオは、すごく考えさせられた、簡単に答えが出せないとか」言って、いろいろ悩むのだけれども、約3割の学生の反応が「聴覚障害者の人がすごいエゴイストである」という。子どもの未来が、人工内耳をつけることでよくなるのに、それを奪おうとしている、聞くに堪えられないほどの偏見の持ち主であって、自分たちの障害の中に閉じこもってる心の狭い人たちだ」という反応が結構多いのです。
こういう反応をする学生は、アーミッシュとか、客家(はっか)といった文化と、この障害者の文化は、全然違う、ろう者の文化というように、「文化」という言葉を使うのはおかしいと言うのです。そのような時、私は、人口内耳への反応は、子どもの親が聞こえる親かそうでないかでは、事情が異なるということに注意を喚起します。聞こえる親の子どもが人口内耳をつけて、聞こえ、話せるようになると、親子の距離は近くなるけれど、、聞こえない親の子どもが人工内耳をつけて話せるようになったら、自分たちから離れていってしまう、コミュニケーションが成り立たなくなってしまう。自分たちと同じ集団のメンバーではなくなるでしょう。おなじようなことは、移民の家族の間でも起こりえます。たとえば、日本語を話す日系一世の親と、英語で育つ二世や三世の子どもとの間では、日本語での会話がだんだんと成り立たなくなっている。一世から見ると、日本語や日系人の文化が失われていくことになる。でも、ろう者の文化と日系人の文化をパラレルで考えられる学生とまったく考えられない学生がいることが良くあります。たとえば民族同士のサブカルチャーの問題や先住民の問題だったら、すっと頭に入るのに、障害者の文化というと、同列に考えない学生がいます。ゼミとかだったら、もっと時間をかけてひとつひとつ説明していって、わかってもらえるけれど、大きな教室で行う、一回か二回の講義では彼らの感想を聞いて、それに対してとフィードバックをするということは、なかなかできません。

広瀬
:どうしてでしょうか。
佐野:今回のケースに限ったら、障害を持つということは、特殊で、マイナスで、不便なことであると見なされていて、もし、みんなができることを、ちょっとでもできるようになるのだったら、どうしてその技術を使わないのだろうかとと疑問に思うのでしょうね。特に、子どもがそういう可能性があるのだったら、親としては、当然そうすべきではないかと思うのでしょうね。たとえば、携帯という便利なものがあるのだったらなんで固定電話にこだわるのとかという具合に。
もう一つは、ろう文化とか、手話はろう者の言語である、手話を使う人たちのコミュニティがあるというようなことを理解するには、ある種のマチュリティーというか成熟度が必要なのかもしれません。

広瀬
:少し飛躍してしまうかもしれませんが、遺伝子診断で障害の有無を調べる事に対して、推進派は医療経済学を唱えます。障害児が生まれた場合に一人年間何千万の費用がかかるのだから、障害児の発生をなるべく抑えようと。これは人間の尊厳、哲学的な問いであり、人類学的な課題です。支援ということを考えたときに、社会や大学はコストをどうのように負担するのか。

佐野
:その問題も、教育のあり方が問われるところで、みんながちゃんとしっかり考えられるような枠組みで、その問題と、向き合わなければいけないことだと思います。

  教育の課題として支援するということはどういうことなのかとか、どのようにして差別をなくすのかとかといったことを考えるのが大学の教育だと思いますが、そこまでたどり着いていません。ただそれって難しいなと思います。障害学生支援をきっかけとして全体の教育を活性化すると、言うのはやさしいけど、メッセージを伝えるというか、相手の考え方を変えるためには、まだまだもっとわかりやすい言い方、もっと説得力のある言い方が必要です。地球温暖化の問題みたいに、今対策を取らないと、みんなが駄目になってしまうよといった、もう少し切実性と合理性、説得力のある言い方を考えていかないと、うわべだけで、支援することになります。そのような安易な態度は、一歩間違うと、「あんなのけしからん金ばかりかかって」とか、「これだけ国が貧乏になったのは社会保障にお金を使ったから」といった極端な議論にぱっと変わってしまう可能性があります。↑戻る
 


6.コーディネータの必要性

広瀬:白澤先生の意見と関連しますが、今支援に関わる研究会やネットワークで大学の教員から、「とにかくコーディネータが欲しい」と言われます。少数の教員がコーディネータや教材制作まで背負ってバーンアウトするケースが多いのです。
アメリカのように専門職としてのコーディネータや支援室がうまく機能すれば教員も障害学生も楽になる。一方、広島大学の目指しているようなボランティア養成が全体のための教育の一つの源だという捉え方とはどのような関係にあるのでしょうか。

佐野:
コーディネータは確かに大事ですけれども、その意味が、学生と連絡を取ったり、教員と連絡とったりする特定の人をさして、コーディネータというのでは、不十分です。もちろん、そうした人がいるのも非常に大事で、広島大学もその人のおかげで非常に助かっていますが、その人一人に全部を押し付けてしまっているようでは、決して修学支援はうまくいきません。大学という組織の中には、いろいろなレベルで、コーディネイティングをしている人たちがいるから、動くと思うんですね。たとえば、全学委員会の委員長は委員会で決定したことに従って、大学執行部を動かす役割のコーディネートだし、支援委員は各学部で、教員たちに動いてもらうコーディネータがあって、担当の事務の人は事務を動かして、コーディネイティングをしているんですよね。学生スタッフは学生の中を取りまとめています。つまり、いろいろなレベルで、要所要所にコーディネイティングの役割を担う人たちを配置し、連携を図らないと一人の人を雇って、「はい、やって」では絶対無理です。全体の組織を見るといろいろなところで仲介役が必要で、仲介、調整、ときには調停もします。
そのように考えたら、あまりお金のかかる話ではありません。よく経済的な負担の話が出ますが、そんなことはありません。みんながそれぞれ自分の役割をすればいいわけです。たとえば、就職支援をするのは、キャリアセンターですが、障害のある学生もない学生も、キャリアセンターの職務として対応してくれればいいのです。障害学生というだけで、他のところに任せようとするのはおかしいですね。

広瀬:
今の佐野先生のご指摘はとても重要ですね。「コーディネータ」は重要だけど、それでは解決しない。

佐野:
そういう意味ではアメリカやイギリスにあるような独立したセンター方式というのは少し日本の事情とはそぐわないのではないかと思います。拠点を作るのは大事ですが、権限を持たせて独立した組織にしてしまうよりも、全体の歯車の中で、連携しながら、活動するということを考えないといけないと思います。日本の大学の今の組織体制の中でも活用できるものはいっぱいあります。
それに関連して大学の規則を作るというのはとても大事なことなのだと思います。たとえば期末試験の特別措置という規則があって、どのような障害の人に対して、どのような内容の措置をするというのを大学の規則として制定すると、事務組織が動いてくれます。たとえば、期末試験の場合、この学生にはどのような特別措置をするかということを、活動室のコーディネータが勝手に決めているのではなくて、規則にしたがって、事務がちゃんと動き、実施されます。実施した内容を、教員が提出し、事務がそれを報告書に取りまとめ、学部長に提出し、学部長は障害学生就学支援委員会に提出するといった流れになるわけです。大学の組織の中で、正式な稟議書として廻ります。これはとても大事なことで、規則化しているから、通常の業務になるのです。障害学生支援が特別なこと、または、エキストラなことと位置づけられるのではなく、特別措置という事が制度として定着します。
私たち支援に関わる者は、常に、どのような支援ができるかと言うことを考えていかなければなりませんが、忘れてはならないのは、障害のある学生本人が出来ることまで奪ってしまってはいけないということです。卒業後は、一人の大人として生きていかなければいけないわけですから、過剰サービスはよくないと思います。同時に本人が申し立てをしやすい環境を作らなければいけないし、そのためには、必要な情報を提供していくことが大事です。

白澤:
そうですよね。聴覚障害学生支援の中でも、聞こえない学生をいかに情報保障ユーザーとして育てるかが重要とされています。最初は情報保障というのは周りがやってくれるもので自分は受身的にそれを享受しているかもしれないけれど、学年を追うにつれ、それを評価し、選択していく力を身につけなければいけないし、最終的には自分で情報保障を生み出せる人になってほしいですね。

7.重要なコミュニケーション能力

広瀬:前回の研究報告では、支援する立場に立って話を進めてまいりましたが、今回は支援を受ける立場について考えたいと思います。メディア教育開発センターではここ数年の間に視覚障害、聴覚障害、車椅子を使っている大学院生を特別共同利用研究員として受け入れてきました。とても優秀な研究者の卵でもあります。大学院で学んでいる聴覚障害者の方達が自分の生い立ちを含めてどうやって学校生活を生き抜いてきたかというテーマで座談会を開き、それを報告しました。彼らの議論の中で、支援を求めること、周囲の人とうまく関わっていくこと、これが一番の鍵だと思うのですが、いかがでしょうか。

佐野:
コミュニケーション能力が大事ですね。障害のある学生もさることながら、一般の学生も含めて、大学はいろんなサービスを提供しているけれども、当事者がカウンセラーのところに行って、私はこういう助けが必要ですと言わなければいけない。支援を受けるのは本人で、その本人が何も言ってこないと何も始まらないわけだけれど、その一歩を踏み出すのが難しいのです。教員や親や周りの人はそれに気付いて、「行きなさいよ」と後押しをするけれども、その一歩が踏み出せないというのはよくあることです。何か折衷案みたいな、もちろん本人が主体的に動かなければいけないけれども、もう少し動きやすくする仕組みというのが必要なのかなと思います。
大学側はこういうサービスがありますよ、広報や相談窓口がありますよ、そこに行ってごらんなさいとか、周りの教員があそこはこんなところだから行ってごらんとか、そのぐらいのことはどこでもやっていることです。でも、深刻なケースになればなるほどその一歩が踏み出せないというところをどうするかということです。よく活動室に来ている学生でも、結局、同じことですよね。小、中、高でいじめがこれだけあっても、生徒たちは、なかなか言い出せない。結局、先生とか親というのはそんなに信頼できる相手ではないんだと、生徒たちが言うのを、私たちはよく聞きます。学生たちが大学に入学したからといって、急にその状況が変わるはずがないだろうと思います。だから、本人の主体性がもちろん大事であるが、大学側がそのサービスを受けやすくするのも大事ですね。もう少し使いやすい仕組みをどうしたらいいのかというのは日々悩むところです。

広瀬:
私はオックスフォード大学に25年ぐらい前に留学したとき最初に説明を受けたのが“いのちの電話”で、「ノイローゼになったらここに電話を掛けなさい」と、もう一つはファミリープランニングの場所と電話番号で、それは未婚、既婚にかかわらず、「避妊の相談にのります。」ということでした。それを見たときにとても感動し、すごいなと思いました。佐野先生がおっしゃったような、「こういうことがあります」とか、学生さんに対して「こういうカウンセラーがいます」と、そこまでは言うけれど、もうちょっと工夫があったほうがいいと思いました。入学したときに事例も含めて、ビデオでわかりやすく上映するとか工夫が必要ですね。

白澤:
セルフアドボカシースキル(自分自身で権利を主張し守る)をいかに身につけさせるかということですね。
私が何回か調査に行かせていただいているアメリカのロチェスター工科大学では、入学前に長期間のオリエンテーションを設定していて、その中で聴覚障害のある先輩や先生が新入生に自分の経験を語るのだといっていました。自分が大学で何を勉強したか、支援サービスをどう使っていったかなど、いろんな体験を提示するそうです。
日本の大学でも先進的なところでは障害学生用のオリエンテーションを取り入れている例はありますが、そのような場を積極的に活用して、潜在的に持っているであろうニーズを引き出し、自分のスキルに変えていける取り組みが増えると良いのではないでしょうか。
先ほど佐野先生のお話しの中で、障害学生支援を進めるためには本人からの申し立てが必要だという内容がありました。私もこれには賛成ですが、おそらく広島大学さんではただ本人の申し立てを待っているだけでなく、学生の潜在的ニーズを引き出す試みがあって、これとあわせて最終的に本人の判断をうながすような形になっているのではないかと思うのです。そこが杓子定規に申請がないからサービスをしないという形になると、危険だなという気がします。
これまで障害学生の多くは、本人がいくら支援をほしいという気持ちを表に出したとしても、それがかなえられなかった経緯を持っているのではないかと思います。聴覚障害学生の場合も、ずっと「わからない」と言い出せない環境にあった学生が多いですし、逆に「わからない」と言ったことで嫌な思いをしたり、つらい対応をされてきた学生もたくさんいます。その中で、だんだんニーズを出すことに臆病になり、ニーズ自体を心の底に押し込めてしまっている学生もたくさんいると思うんです。そうした学生に、突然ニーズを出せと言っても、はっきり話をできなくて当然ではないでしょうか。だから、自分が支援を要求するという本人の義務を果たすためにも、一歩背中を押してあげられるような教育的関わりが不可欠ではないかなと思います。

佐野:
広島大学では合格後相談というシステムを作りました。合格したらすぐに本人と保護者と高校の先生が入って、所属学部の学部長が主催することになっています。学部の関係教職員、教養教育の関係者とか全部で大人が10人ぐらい参加して、相談をします。具体的に時間割を決めて、この授業ではどうするというのを決めていきます。大学側としてはスピーディに準備をしなければいけないので、この方法はメリットがあります。
ただ、問題は今まさに言われたことで、どういう支援をして欲しいのと問われた時に、障害学生の方で、回答を思いつかないんですね。それは、高校までに、支援を受けてきた経験がない場合が多いからです。それでたとえば、聴覚障害の人でノートテイクは要らないと言っている人に対して、「では、二週間ぐらいは何にもなしでやってみようよ」とか、「この授業には、ノートテイカーをつけてみようか」と言った具合に、最初に全部を決めるのではなく、お試し期間のように、初めの一、二週間ぐらいは「自分でやれるところまではやってごらん」という事を進めています。様子がわかった上で、改めて相談するのです。以前は、合格後相談で全部、早く決めなければということですごくエネルギーを使っていたけども、この頃は一、二週間のお試し期間後にフィードバックしてもらってそこで支援方法を決めていきます。そういう意味では活動室があるのはすごく大事なことで、「じゃあ、一週間したらちょっと来てね」「これはどうだった」「ああそう、じゃあ、こういうのがあるから、ちょっと試してみる?」といったいろいろな対応ができます。
もう一つは合格後相談というと、特に親御さんは契約みたいに考えて、ここで言わなかったらあとは支援をやって貰えないと心配される方もいます。お互いに「そこまで決めなくても、ボチボチやりましょうよ」というのが大事で、本人のコミュニケーション能力もさることながら、こちら側も少しリラックスして、「頃合いを見ましょう」と自然な人間関係が作れればと思います。 ↑戻る

8.体験を通して支援のあり方を考える

白澤:最近、関東聴覚障害学生サポートセンターという聴覚障害学生支援のための任意団体で、情報保障体験のための企画を実施しました。これから大学に入る高校生や大学生に、ノートテイクやパソコンノートテイク、手話通訳などの複数の情報保障手段を体験してもらったり、模擬的に障害学生支援室を再現したようなブースを作って、大学に相談を持ちかける体験をしてもらうというようなものです。
参加者にもとても好評で大変よい企画だったと思うのですが、実際にはこういう体験が大学でできるといいのではないか思います。入学前に授業を見学してみたり、授業中に支援なしの状態といろいろな支援手段をつけた状態を比べてみて、「この授業はこれでいこう」と決められるような形です。私も大学訪問をさせていただいたときに、よくデモで聴覚障害学生にいろいろな情報保障手段を見てもらい、感想を聞くことが多いのですが、ほとんどの学生は自分に合うものを発見した時に目の輝きがパッと変わります。
もちろん、支援を提供する側にとってはただでさえ忙しい4月当初ですから、聴覚障害学生のニーズがころころ変わると大変だとは思うのですが、こういう支援の“試着”ができる余裕があると聴覚障害学生の本当のニーズも探りやすいのではないかと思います。

広瀬:
今のお話を聞いて思いましたが、大学側も教員側も支援というと構えてしまいますし、保護者も学生も逆の意味で緊張してしまう。「頃合いを見る」「ボチボチ」という佐野先生の言葉は深いですね。着やすい服を作るように、少しずつ仮縫いをしていく、そういった発想は最初にコーディネータや支援室を作るときに、徹底しておく必要がありますね。そうしないとこれだけやったんだから文句ないだろうとか、最初決めたんだからあとで文句を言うなとか、紋切り型の応対になってしまう。最初の人間的なコミュニケーションという切り口が大切だと思いました。

佐野:
支援の場だけではなくて、活動室みたいなところがリソースセンターになるといいと思います。そこへ行けば支援の仕方が試せるとか、いろんな機器があるとか。オープンキャンパスの時に活用したりできますね。同時に教員がリソースセンターを利用することも大事だと思います。「こういうデバイスがありますよ、こういう方法がありますよ」と気楽に紹介できるようにしたい。
アメリカの大学やイギリスの大学には、ディスアビリティサポートセンター(Disability Support Center)、別なところにセンター・フォー・ティーチング アンド ラーニング(Center for Teaching & Leaning)というところがあります。両方兼ね備えたのが意外とないのですが。私は将来の展望としてアクセスビリティをキーワードにして、サポートセンターとティーチングアンドラーニングリソースセンターを合体させたものを作りたいと思っています。というのは、「こういうサービスがありますよ」といのは学生がラーニングするときの支援だけれども、逆にそれをティーチングするときに使えば、その人だけじゃなくて他の人にも役立つはずです。例としては赤外線補聴システムを現在いくつかの外国語の授業で導入しています。
赤外線で雑音が入らないので聞こえやすいという点がありますが、それを最初はポータブルなもので聴覚障害学生支援のために導入しました。学生がそれを自分の補聴器とコネクトしてクリアに聞こえるようになったわけです。その学生が行くところどこにでも持っていけるようにというのが最初に導入した趣旨でしたが、本人が自分だけヘッドホンをつけるのはいやだ、自分だけ目立つのは嫌と言い出したんです。それで、「みんながつけるならいい」、「クリアに聞こえるのはみんなにだってそうでしょ」ということで、慌ててヘッドホンを買い足して、その授業を受けている学生全部がそれをつけるようにしました。その時に外国語の先生をまず説得して、「ほらね、こんなにきれいに聞こえるでしょう」ということで、「ああ、これはいい」ということで導入してもらいました。一つのラーニングの方法が、学ぶ側ばかりじゃなくて、教える側にも、役立つわけです。それを使用することによって、全体の質も上がるので、教員支援というのも大事な観点だと思います。

広瀬:
まさに今、ICT活用とインストラクショナルデザインとFD(ファカルティ・デベロップメント)で、そういったものが必要になってくるということです。とくに日本では聴覚障害、視覚障害、車椅子などの問題を解決しなければならない。そういったところをどうするかというのはまだ超えられない壁があります。

アメリカの場合は支援の60%以上が学習障害、発達障害に向いているので、逆に言うとICT活用で、何度も何度も繰り返し教えるとか、字を大きくするとか、見る画面を区切るとか、そういった障害特性に合わせたオーダーメイドのICT活用が出ています。脳の構造や効果的な学習方法は多様です。誰にでも学び方の得手不得手というのがあります。耳から入る人と視覚から入る人。一般の学生に対する学習方法や教授法の開発の上でも障害者支援というのはとても重要な視点だと思います。
 
↑戻る(2008年1月 於:NIME)
都合上全文掲載されておりません。ご入用の方は広瀬まで。
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