6.コーディネータの必要性
広瀬:白澤先生の意見と関連しますが、今支援に関わる研究会やネットワークで大学の教員から、「とにかくコーディネータが欲しい」と言われます。少数の教員がコーディネータや教材制作まで背負ってバーンアウトするケースが多いのです。
アメリカのように専門職としてのコーディネータや支援室がうまく機能すれば教員も障害学生も楽になる。一方、広島大学の目指しているようなボランティア養成が全体のための教育の一つの源だという捉え方とはどのような関係にあるのでしょうか。
佐野:コーディネータは確かに大事ですけれども、その意味が、学生と連絡を取ったり、教員と連絡とったりする特定の人をさして、コーディネータというのでは、不十分です。もちろん、そうした人がいるのも非常に大事で、広島大学もその人のおかげで非常に助かっていますが、その人一人に全部を押し付けてしまっているようでは、決して修学支援はうまくいきません。大学という組織の中には、いろいろなレベルで、コーディネイティングをしている人たちがいるから、動くと思うんですね。たとえば、全学委員会の委員長は委員会で決定したことに従って、大学執行部を動かす役割のコーディネートだし、支援委員は各学部で、教員たちに動いてもらうコーディネータがあって、担当の事務の人は事務を動かして、コーディネイティングをしているんですよね。学生スタッフは学生の中を取りまとめています。つまり、いろいろなレベルで、要所要所にコーディネイティングの役割を担う人たちを配置し、連携を図らないと一人の人を雇って、「はい、やって」では絶対無理です。全体の組織を見るといろいろなところで仲介役が必要で、仲介、調整、ときには調停もします。
そのように考えたら、あまりお金のかかる話ではありません。よく経済的な負担の話が出ますが、そんなことはありません。みんながそれぞれ自分の役割をすればいいわけです。たとえば、就職支援をするのは、キャリアセンターですが、障害のある学生もない学生も、キャリアセンターの職務として対応してくれればいいのです。障害学生というだけで、他のところに任せようとするのはおかしいですね。
広瀬:今の佐野先生のご指摘はとても重要ですね。「コーディネータ」は重要だけど、それでは解決しない。
佐野:そういう意味ではアメリカやイギリスにあるような独立したセンター方式というのは少し日本の事情とはそぐわないのではないかと思います。拠点を作るのは大事ですが、権限を持たせて独立した組織にしてしまうよりも、全体の歯車の中で、連携しながら、活動するということを考えないといけないと思います。日本の大学の今の組織体制の中でも活用できるものはいっぱいあります。
それに関連して大学の規則を作るというのはとても大事なことなのだと思います。たとえば期末試験の特別措置という規則があって、どのような障害の人に対して、どのような内容の措置をするというのを大学の規則として制定すると、事務組織が動いてくれます。たとえば、期末試験の場合、この学生にはどのような特別措置をするかということを、活動室のコーディネータが勝手に決めているのではなくて、規則にしたがって、事務がちゃんと動き、実施されます。実施した内容を、教員が提出し、事務がそれを報告書に取りまとめ、学部長に提出し、学部長は障害学生就学支援委員会に提出するといった流れになるわけです。大学の組織の中で、正式な稟議書として廻ります。これはとても大事なことで、規則化しているから、通常の業務になるのです。障害学生支援が特別なこと、または、エキストラなことと位置づけられるのではなく、特別措置という事が制度として定着します。
私たち支援に関わる者は、常に、どのような支援ができるかと言うことを考えていかなければなりませんが、忘れてはならないのは、障害のある学生本人が出来ることまで奪ってしまってはいけないということです。卒業後は、一人の大人として生きていかなければいけないわけですから、過剰サービスはよくないと思います。同時に本人が申し立てをしやすい環境を作らなければいけないし、そのためには、必要な情報を提供していくことが大事です。
白澤:そうですよね。聴覚障害学生支援の中でも、聞こえない学生をいかに情報保障ユーザーとして育てるかが重要とされています。最初は情報保障というのは周りがやってくれるもので自分は受身的にそれを享受しているかもしれないけれど、学年を追うにつれ、それを評価し、選択していく力を身につけなければいけないし、最終的には自分で情報保障を生み出せる人になってほしいですね。
7.重要なコミュニケーション能力
広瀬:前回の研究報告では、支援する立場に立って話を進めてまいりましたが、今回は支援を受ける立場について考えたいと思います。メディア教育開発センターではここ数年の間に視覚障害、聴覚障害、車椅子を使っている大学院生を特別共同利用研究員として受け入れてきました。とても優秀な研究者の卵でもあります。大学院で学んでいる聴覚障害者の方達が自分の生い立ちを含めてどうやって学校生活を生き抜いてきたかというテーマで座談会を開き、それを報告しました。彼らの議論の中で、支援を求めること、周囲の人とうまく関わっていくこと、これが一番の鍵だと思うのですが、いかがでしょうか。
佐野:コミュニケーション能力が大事ですね。障害のある学生もさることながら、一般の学生も含めて、大学はいろんなサービスを提供しているけれども、当事者がカウンセラーのところに行って、私はこういう助けが必要ですと言わなければいけない。支援を受けるのは本人で、その本人が何も言ってこないと何も始まらないわけだけれど、その一歩を踏み出すのが難しいのです。教員や親や周りの人はそれに気付いて、「行きなさいよ」と後押しをするけれども、その一歩が踏み出せないというのはよくあることです。何か折衷案みたいな、もちろん本人が主体的に動かなければいけないけれども、もう少し動きやすくする仕組みというのが必要なのかなと思います。
大学側はこういうサービスがありますよ、広報や相談窓口がありますよ、そこに行ってごらんなさいとか、周りの教員があそこはこんなところだから行ってごらんとか、そのぐらいのことはどこでもやっていることです。でも、深刻なケースになればなるほどその一歩が踏み出せないというところをどうするかということです。よく活動室に来ている学生でも、結局、同じことですよね。小、中、高でいじめがこれだけあっても、生徒たちは、なかなか言い出せない。結局、先生とか親というのはそんなに信頼できる相手ではないんだと、生徒たちが言うのを、私たちはよく聞きます。学生たちが大学に入学したからといって、急にその状況が変わるはずがないだろうと思います。だから、本人の主体性がもちろん大事であるが、大学側がそのサービスを受けやすくするのも大事ですね。もう少し使いやすい仕組みをどうしたらいいのかというのは日々悩むところです。
広瀬:私はオックスフォード大学に25年ぐらい前に留学したとき最初に説明を受けたのが“いのちの電話”で、「ノイローゼになったらここに電話を掛けなさい」と、もう一つはファミリープランニングの場所と電話番号で、それは未婚、既婚にかかわらず、「避妊の相談にのります。」ということでした。それを見たときにとても感動し、すごいなと思いました。佐野先生がおっしゃったような、「こういうことがあります」とか、学生さんに対して「こういうカウンセラーがいます」と、そこまでは言うけれど、もうちょっと工夫があったほうがいいと思いました。入学したときに事例も含めて、ビデオでわかりやすく上映するとか工夫が必要ですね。
白澤:セルフアドボカシースキル(自分自身で権利を主張し守る)をいかに身につけさせるかということですね。
私が何回か調査に行かせていただいているアメリカのロチェスター工科大学では、入学前に長期間のオリエンテーションを設定していて、その中で聴覚障害のある先輩や先生が新入生に自分の経験を語るのだといっていました。自分が大学で何を勉強したか、支援サービスをどう使っていったかなど、いろんな体験を提示するそうです。
日本の大学でも先進的なところでは障害学生用のオリエンテーションを取り入れている例はありますが、そのような場を積極的に活用して、潜在的に持っているであろうニーズを引き出し、自分のスキルに変えていける取り組みが増えると良いのではないでしょうか。
先ほど佐野先生のお話しの中で、障害学生支援を進めるためには本人からの申し立てが必要だという内容がありました。私もこれには賛成ですが、おそらく広島大学さんではただ本人の申し立てを待っているだけでなく、学生の潜在的ニーズを引き出す試みがあって、これとあわせて最終的に本人の判断をうながすような形になっているのではないかと思うのです。そこが杓子定規に申請がないからサービスをしないという形になると、危険だなという気がします。
これまで障害学生の多くは、本人がいくら支援をほしいという気持ちを表に出したとしても、それがかなえられなかった経緯を持っているのではないかと思います。聴覚障害学生の場合も、ずっと「わからない」と言い出せない環境にあった学生が多いですし、逆に「わからない」と言ったことで嫌な思いをしたり、つらい対応をされてきた学生もたくさんいます。その中で、だんだんニーズを出すことに臆病になり、ニーズ自体を心の底に押し込めてしまっている学生もたくさんいると思うんです。そうした学生に、突然ニーズを出せと言っても、はっきり話をできなくて当然ではないでしょうか。だから、自分が支援を要求するという本人の義務を果たすためにも、一歩背中を押してあげられるような教育的関わりが不可欠ではないかなと思います。
佐野:広島大学では合格後相談というシステムを作りました。合格したらすぐに本人と保護者と高校の先生が入って、所属学部の学部長が主催することになっています。学部の関係教職員、教養教育の関係者とか全部で大人が10人ぐらい参加して、相談をします。具体的に時間割を決めて、この授業ではどうするというのを決めていきます。大学側としてはスピーディに準備をしなければいけないので、この方法はメリットがあります。
ただ、問題は今まさに言われたことで、どういう支援をして欲しいのと問われた時に、障害学生の方で、回答を思いつかないんですね。それは、高校までに、支援を受けてきた経験がない場合が多いからです。それでたとえば、聴覚障害の人でノートテイクは要らないと言っている人に対して、「では、二週間ぐらいは何にもなしでやってみようよ」とか、「この授業には、ノートテイカーをつけてみようか」と言った具合に、最初に全部を決めるのではなく、お試し期間のように、初めの一、二週間ぐらいは「自分でやれるところまではやってごらん」という事を進めています。様子がわかった上で、改めて相談するのです。以前は、合格後相談で全部、早く決めなければということですごくエネルギーを使っていたけども、この頃は一、二週間のお試し期間後にフィードバックしてもらってそこで支援方法を決めていきます。そういう意味では活動室があるのはすごく大事なことで、「じゃあ、一週間したらちょっと来てね」「これはどうだった」「ああそう、じゃあ、こういうのがあるから、ちょっと試してみる?」といったいろいろな対応ができます。
もう一つは合格後相談というと、特に親御さんは契約みたいに考えて、ここで言わなかったらあとは支援をやって貰えないと心配される方もいます。お互いに「そこまで決めなくても、ボチボチやりましょうよ」というのが大事で、本人のコミュニケーション能力もさることながら、こちら側も少しリラックスして、「頃合いを見ましょう」と自然な人間関係が作れればと思います。 ↑戻る
8.体験を通して支援のあり方を考える
白澤:最近、関東聴覚障害学生サポートセンターという聴覚障害学生支援のための任意団体で、情報保障体験のための企画を実施しました。これから大学に入る高校生や大学生に、ノートテイクやパソコンノートテイク、手話通訳などの複数の情報保障手段を体験してもらったり、模擬的に障害学生支援室を再現したようなブースを作って、大学に相談を持ちかける体験をしてもらうというようなものです。
参加者にもとても好評で大変よい企画だったと思うのですが、実際にはこういう体験が大学でできるといいのではないか思います。入学前に授業を見学してみたり、授業中に支援なしの状態といろいろな支援手段をつけた状態を比べてみて、「この授業はこれでいこう」と決められるような形です。私も大学訪問をさせていただいたときに、よくデモで聴覚障害学生にいろいろな情報保障手段を見てもらい、感想を聞くことが多いのですが、ほとんどの学生は自分に合うものを発見した時に目の輝きがパッと変わります。
もちろん、支援を提供する側にとってはただでさえ忙しい4月当初ですから、聴覚障害学生のニーズがころころ変わると大変だとは思うのですが、こういう支援の“試着”ができる余裕があると聴覚障害学生の本当のニーズも探りやすいのではないかと思います。
広瀬:今のお話を聞いて思いましたが、大学側も教員側も支援というと構えてしまいますし、保護者も学生も逆の意味で緊張してしまう。「頃合いを見る」「ボチボチ」という佐野先生の言葉は深いですね。着やすい服を作るように、少しずつ仮縫いをしていく、そういった発想は最初にコーディネータや支援室を作るときに、徹底しておく必要がありますね。そうしないとこれだけやったんだから文句ないだろうとか、最初決めたんだからあとで文句を言うなとか、紋切り型の応対になってしまう。最初の人間的なコミュニケーションという切り口が大切だと思いました。
佐野:支援の場だけではなくて、活動室みたいなところがリソースセンターになるといいと思います。そこへ行けば支援の仕方が試せるとか、いろんな機器があるとか。オープンキャンパスの時に活用したりできますね。同時に教員がリソースセンターを利用することも大事だと思います。「こういうデバイスがありますよ、こういう方法がありますよ」と気楽に紹介できるようにしたい。
アメリカの大学やイギリスの大学には、ディスアビリティサポートセンター(Disability Support Center)、別なところにセンター・フォー・ティーチング アンド ラーニング(Center for Teaching & Leaning)というところがあります。両方兼ね備えたのが意外とないのですが。私は将来の展望としてアクセスビリティをキーワードにして、サポートセンターとティーチングアンドラーニングリソースセンターを合体させたものを作りたいと思っています。というのは、「こういうサービスがありますよ」といのは学生がラーニングするときの支援だけれども、逆にそれをティーチングするときに使えば、その人だけじゃなくて他の人にも役立つはずです。例としては赤外線補聴システムを現在いくつかの外国語の授業で導入しています。
赤外線で雑音が入らないので聞こえやすいという点がありますが、それを最初はポータブルなもので聴覚障害学生支援のために導入しました。学生がそれを自分の補聴器とコネクトしてクリアに聞こえるようになったわけです。その学生が行くところどこにでも持っていけるようにというのが最初に導入した趣旨でしたが、本人が自分だけヘッドホンをつけるのはいやだ、自分だけ目立つのは嫌と言い出したんです。それで、「みんながつけるならいい」、「クリアに聞こえるのはみんなにだってそうでしょ」ということで、慌ててヘッドホンを買い足して、その授業を受けている学生全部がそれをつけるようにしました。その時に外国語の先生をまず説得して、「ほらね、こんなにきれいに聞こえるでしょう」ということで、「ああ、これはいい」ということで導入してもらいました。一つのラーニングの方法が、学ぶ側ばかりじゃなくて、教える側にも、役立つわけです。それを使用することによって、全体の質も上がるので、教員支援というのも大事な観点だと思います。
広瀬:まさに今、ICT活用とインストラクショナルデザインとFD(ファカルティ・デベロップメント)で、そういったものが必要になってくるということです。とくに日本では聴覚障害、視覚障害、車椅子などの問題を解決しなければならない。そういったところをどうするかというのはまだ超えられない壁があります。
アメリカの場合は支援の60%以上が学習障害、発達障害に向いているので、逆に言うとICT活用で、何度も何度も繰り返し教えるとか、字を大きくするとか、見る画面を区切るとか、そういった障害特性に合わせたオーダーメイドのICT活用が出ています。脳の構造や効果的な学習方法は多様です。誰にでも学び方の得手不得手というのがあります。耳から入る人と視覚から入る人。一般の学生に対する学習方法や教授法の開発の上でも障害者支援というのはとても重要な視点だと思います。 |